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HISTORY

ザ・タコさん栄光の軌跡

1993年結成~1998年当時

  • 当時はガレージブルースバンドスタイル。当時の安藤の上司に対する怨念をワンコードに閉じ込めた恐怖ブルース「吉田ブルース」。
  • デモテープ「ザ・たこさんファースト」お蔵入り名曲「いいちこお湯割り」収録。10円。
  • デモテープ「ザ・たこさんセカンド」お蔵入り名曲「無理して笑うことはない。」収録。20円。
  • 江州音頭の二代目桜川唯丸師匠の前座として一年間ガンバル。
  • 風呂屋の集会所で裸のオッサンに囲まれて年越しライブ。
  • シナモンレコードより2本のテープをリリース。「五月の鯖・完全版」一曲20分以上あるバカ・グル―ヴ。
  • 「タコサンアワー」と題して日本橋GENEにて年間7本のワンマンライブ。ペヤング合唱団と共にガンバル。合唱団の名曲 「ノースリーブのおっさん」。

1999年

  • 待望の1stCD「タコツボ」を泥・運命共同体よりリリース。名曲「猪木はそう言うけれど。」収録。安藤自らCDを鶴瓶とドクター・ジョンに渡す。

2000年

  • 安藤「100人入るまで髪は切らん!!」宣言。メチャメチャ伸びて、各方面よりキモチ悪がられ、「100人入ったことにしてくれ。」と泣きつき坊主に。それ以後ライブの日は早起き剃髪。
  • シナモンレコードより、メンバーを一年間追っかけたドキュメントビデオ「我が人生最良の日」リリース。

2003年

  • 「いつ何時、誰の挑戦でも受ける!!」シリーズ開始。
  • コンバインレコードよりアナログEP「夫婦茶碗/続・夫婦茶碗」リリース。
    曲が長いため両A面に。ミニ・ポスター付。
  • 待望の2ndCD「フォンク兄弟」を泥・運命共同体よりリリース。
  • 「いつ何時、誰の挑戦でも受ける!!round5」で、鉄と鉛、軍鶏礼讃、騒音寺に敗れ、シリーズ終了。ベルト返還。
  • 5月 泥運命共同体より2ndアルバム『ファンク兄弟』リリース。
  • 12月 結成10周年記念ワンマンライヴ『ザ・タコサンアワー』を千日前クラブ・ウォーターで開催。
  • 12月 伝説の”ペヤング合唱団”が6年振りに登場!
  • 12月 懐かしの曲『殺し屋のテーマ』(ドンパッチ芝野の父が作詞・作曲。)等、披露。

2004年

  • 6月 中旬、フジロック・フェスティバル(以下フジロック)の『ルーキー・ア・ゴー・ゴー』の最終選考落選の報をその日のライヴ地・名古屋で受け、本番は”怒りのライヴ”に。異様な盛り上がり。
  • 6月 下旬、当時のドラム、ピカリング太田が脱退。その翌日、千日前道具屋筋で、失踪中だった初代ドラマー、ドンパッチ芝野が”招き猫”を物色しているところを安藤が発見。迷わずスタジオへ連れ込み、電撃復帰へ。
  • 6月 又その翌日、フジロックより急転直下『苗場食堂ステージ』への出演オファーが!
  • 7月 フジロック『苗場食堂ステージ』に出演。マツケン本番ギリギリに現地入り。ここでも”ハード・ワーキン”振りを発揮!
  • 8月 千日前ウォーターでのライヴ中、ステージへの乱入者めがけ、安藤がドロップ・キック(プロレス技=跳び蹴り)を発射するも不発。着地に失敗し、左鎖骨を骨折し、即入院。入院中、ライヴが決まっているため、「病院抜け出して、這ってでも来い!(怒)」と電話で山口からの鬼の様な信じられないセリフが...。
  • 12月 年間最多の67本目のライヴを終え、”怒涛の2004年”が幕を閉じる。

2005年

  • 3月 なんばHatchにて、関西のソウル・ファンクバンドが多数参加した「ソウル・ストック」に出演。
    それはそれは巨大なところにメンバーびっくり。
  • 5月 大阪、帝塚山音楽祭にて、初のメインステージ出演。「キング・オブ・サブステージ」の称号を返上。
  • 6月 3rdアルバム『ナイスミドル』レコーディング開始。
  • 6月 主題歌、挿入歌を提供したVシネマ「筋もんリーグ」の試写会が毎日放送内で行われる。
    ロビーにて、俳優の方々と挨拶。山口緊張、安藤含み笑い。
  • 6月 京都拾得にてワンマンライヴ。
  • 8月 初の西日本ツアー。カリフラワーズ、カットマン・ブーチェ、DJピンチ(HEAVY FUNK SYSTEM)、中田亮(Osaka=Monaurail)とともに福岡、佐賀、広島をまわる。途中、温泉に入ったり、川で遊んでみたり。大人の夏休み気分を満喫。
  • 9月 安藤、レコーディングが思うようにいかず、「今の俺に足りないものは”虎の眼”じゃ。アイ・オブ・ザ・タイガーじゃ!!」と1日中、天王寺動物園の虎の前で座禅を組んだり、「旅に出る。」と言い残し、フラリ京都まで行くが、その日の内に帰って来たり(日帰りやん。)と、奇行を連発。
    しかし翌日、人知れずスタジオに籠る。
    3日後、なぜか全裸で(怪人マスクと靴下だけ着用。)、ガリガリに痩せ細り瀕死のところをスタジオのアルバイト店員に発見され、一命を取り留める。
    そして、ついに開眼!虎の眼を取り戻す。
    スタジオで安藤が一体どのような恐ろしいトレーニングを行っていたかは不明。
    ただ、現在では、虎の眼どころか、完璧な贅肉まで取り戻した!(ハァ~、カックン。)
  • 10月 レコーディング終了。

2006年

  • 1月 3rdアルバム『ナイスミドル』ミックス・ダウン、マスタリング終了(4月5日RDレコードより発売決定!)
  • 1月 コンパインレコードより7インチ・シングル『ナイスミドルのテーマ』発売。
  • 4月 RDレコードより、3rdアルバム『ナイスミドル』発売。
    千日前クラブ・ウォーターで、入場無料レコ発ワンマンライヴを決行!ノーチャージ効果か?会場は立錐の余地ナシの超満員。約3年振りに、『五月の鯖』を披露。もちろん生鯖(ナマサバ)も登場し会場中に鯖臭ただよう。ゲストミュージシャンに中田亮氏(オーサカ=モノレール)を迎え名曲『グッとくる』。3時間半の大熱演でまさに大盤振る舞い!
  • 5月 祝春一番に出演。
  • 5月 『ナイスミドル』リリースパーティ“ナイスミドルツアー”を大阪・梅田シャングリラ、東京・青山 月見ル君想フにて、レーベルメイトのオーサカ=モノレール、カリフラワーズと共に決行!
  • 7月 フジロックフェスティバルに2年振り2回目の出場(苗場食堂)!3度のアンコールに応えるも、客席からのアンコール(一部のお客さんからは『犬洗い一匹百円』を求める“犬洗いコール”が!)は鳴り止まず、キリがないという事でスタッフからの演奏ストップが宣告。
  • 9月 寺プラネットKでライヴ。その後、ハモニカ横丁でメンバー全員朝まで呑み明かし、吉祥寺駅へ向かっている所、千鳥足の宮藤官九郎氏を目撃。安藤「宮藤先生!」と駆け寄り、自ら『ナイスミドル』と“何度洗っても汗クサさがとれない”ジーン・シモンズ(KISS)Tシャツを手渡す。
  • 10月 服部緑地野音で行われた『SOUL STOCK』でのライヴ中、この日が山口家の第一子誕生予定日だと聞いていた安藤、「先程、山口家に子供が産まれました!」とフライング発言!と思いきや、本当にライヴ中に長男は誕生していたのである。怪人予知能力、恐るべしである。
  • 10月 『中之島ニューオーリンズまつり』、『ミナミホイール』と1日2公演のダブルヘッダー。ライヴ後、ドラム・ドンパッチ芝野が年内いっぱいで脱退表明。
  • 12月 JBが死去したクリスマスの日、ドラム・マサ吉永が加入。

2007年

  • 1月 大阪ビッグキャットでの『南、吠える!』でマサ吉永のデビュー戦。安藤「まずは顔を覚えて貰わねば。」と安藤家から持って来たサラダ油をマサ吉永の顔面に塗りたくり、一人だけテカテカの顔で登場。
  • 2月 大阪・心斎橋クラブ・ジャングルにて、1ドリンク・1タコ(フード)付きの『たこフェス』を2ヶ月に1回開催(同年12月に終了)。
  • 9月 東京3連戦(国立 地球屋、吉祥寺プラネットK、渋谷エイジア)の中日、プラネットKの楽屋で“パンツにウンコ事件”勃発!(ライヴ前、楽屋にてベース・松田健の怒声が響き渡った。「うわ、誰やこれ!!誰のパンツやこれ!!ウンコ付いてるやんけ!!!(怒)」怒るのは無理もない。自身のお気に入りのスウィングトップを置こうとした所にウンコ付きパンツがあったのだから。松田健は続ける。「うわ、お前(おそらくウンコ付きパンツの持ち主に向かってであろう。)、光ってるやんけ!トーストに付いてるバターみたいやんけ!!(激怒)」すでに着替えを済ませていた衣装姿の安藤が、激怒している松田健の“トーストに付いてるバター発言”に反応し、嬉しそうな顔で「どれですの?」と、覗き込むと、安藤の顔色は一変。「…、それ、僕のですわ…。」その日のライヴは、松田健怒りのベースが炸裂。この日を境に安藤・松田の距離が遠くなり、まさかの展開が待ち受けるのである。)
  • 10月 『ミナミホイール』2度目の出場。依然、安藤・松田の間には隙間風が吹いている。
  • 11月 ベース・松田健、“パンツにウンコ事件”を理由に脱退表明!

2008年

  • 1月 所属レーベル『シャウトプロダクションズ』に安藤、新年の挨拶を酔っ払って電話してしまう。経緯は分からないが「オーサカ(モノレール)どついたる!」と口走る。(オーサカどついたる!発言)
  • 2月 渋谷 青い部屋でのライヴにて、ベース・松田健脱退。
  • 3月 ベース、ザ・ゴールドボーイ・ワキゲ加入、大阪・アメリカ村サンホールでデビュー戦。
  • 3月 安藤の“オーサカどついたる!発言”を受け、大阪・心斎橋クラブ・ジャングルにて、ザ・たこさんとオーサカ=モノレールのガチンコ2マン対決『たことモノ』開催。
  • 5月 『高槻ジャズストリート』初出場(大阪・高槻駅前にて路上ライヴ)。マントショーではハンバーガーショップ、喫茶店へ安藤乱入。
  • 5月 静岡にて『Sing Ring Festival』に出場。初静岡ではあったが、興奮した女性客が客席からステージに上がり込み安藤に抱きつくという珍事件が発生。
  • 6月 マキシシングル『Chanja & Kimchi,or DIE!!!』のレコーディング(唄録り)前日、十三クラブ・ウォーターにて安藤・山口のシティ派ポップ・デュオ『ザ・モロッコ』がライヴ。酔っ払った山口、ライヴ中のステージ上でギターのチューニングを合わせるのに10分以上も掛けてしまう。安藤、呆れてステージを降りて客席でお客さんと共にビールを呑んでしまう始末。ライヴ後も二人の間には険悪なムード。お互いを罵り合う大喧嘩に発展。「お前、明日分かってんねやろな!?」と言い残し、山口立ち去る。
    安藤居残り、ヤケ酒。翌日のレコーディングに、安藤二日酔いで登場。メンバーから非難を受けるも、右手の人差し指を掲げ「ワンテイクじゃ…。ワンテイクで決まらんかったら、俺は音楽界を去る!」と、たいそうな宣言。結果、見事ワンテイクの一発OK!安藤、安堵の表情。
  • 9月 マキシシングル『Chanja~』のPV撮影。“映画界のアナーキスト”島田角栄監督が総指揮。特別出演は、グレート義太夫氏(チャンヂャ強盗役)とJUNGLE LIFE発行人・PJ氏(チャンヂャ強盗を追う刑事役)。
  • 10月 マキシシングル『Chanja~』のキャンペーンを兼ね、『渚音楽祭』でのオーサカ=モノレールのステージに、安藤ゲスト出演し、雨の中で熱唱!
    同マキシシングル発売日には、心斎橋クラブ・ジャングルにて“フリー・チャンヂャ、フリー・キムチ”のレコ発ライヴを決行。フロアのど真ん中のテーブルに、山盛りのチャンヂャとキムチ。白メシ片手にチャンヂャとキムチをパクつく人々。異様な光景であった。
  • 12月 大晦日に、安藤メンバーへの相談無しに独断で十三クラブ・ウォーターでのライヴを入れる。ライヴは大盛況であったが、安藤の無茶なブッキングに山口激昂。0時を回った新年早々から大喧嘩(またかよ)。

2009年

  • 1月 ベース「ザ・ゴールドボーイ・ワキゲ」から「脇本総一郎(仮名)」へ改名。
  • 1月 4日の扇町ムジカジャポニカでライヴ始め。大晦日の大喧嘩が尾を引き、最後まで安藤・山口、一言も交わさず。しかしライヴは大盛況。同店の“ビッグママ”せいこ女史から呆れ顔で「あんたらは夫婦(めおと)か。」
  • 2月 マキシシングル『サヨナラ生活』のPV撮影。
  • 3月 マキシシングル『サヨナラ生活』発売。
  • 3月 『クダラナ選手権』首謀者ギターパンダ、ハッチ・ハッチェルの両氏との会場を変えての2マンライヴが実現。
  • 3月 フリーペーパー『JUNGLE LIFE』にて「ザ・たこさん、武道館への道」連載スタート。
  • 4月 『Chanja & Kimchi,or DIE!!!』のPVを手掛けた映画監督・島田角栄監督の次回作『デストロイ・ビシャス』に、盲目の彫刻家役として、安藤が出演。2010年公開予定。
  • 6月 K-106主催『Kのるつぼ』のマンスリーゲストに正式決定(2010年現在も引き続き参加)。
  • 7月 4thアルバム『ベターソングス』発売。
  • 7月 『フジロックフェスティバル』に3年振り3度目の出場(苗場食堂)。
  • 7月 雑誌『Lightning』にて「ザ・たこさん、武道館への道」連載スタート。
  • 9月 長野・『木曽鼓動』でのライヴ中、安藤が犬を引き連れての仰天入場!ダイナマイト・キッドとデイビー・ボーイ・スミスの『ブリティッシュ・ブルドッグス』の様であった。
  • 9月 東京(代官山LOOP)&大阪(梅田SHANGRI-LA)にて、4thアルバム『ベターソングス』レコ発開催。競演は、オーサカ=モノレール、在日ファンク。
  • 11月 松田優作没後20thイベント『SOUL RED』にて、安藤“ライタープレイ”を披露。タバコはキャメル。衣装は『探偵物語』を意識しての赤と黒(覆面はエル・ソリタリオ)。
  • 12月 過去最多、年内3度目の『鯖』登場。20日クラブ・ウォーターにて。店主マツケン氏(元ベース)に嫌な顔をされる。
  • 12月 『夫婦茶碗/続・夫婦茶碗』がコンバインレコード大賞最優秀作品賞を受賞。

2010年

  • 1月 代官山LOOPでのカウントダウンライヴ終了後、覆面姿のまま武道館参りを敢行したヴォーカル安藤。TMレボリューションの新春公演に唇を噛み締め、飛躍を誓う。
  • 4月 大阪ムジカジャポニカでの出演者40オーバーイベント『40歳異常解禁日』出演。ザ・たこさんからは安藤・山口が40オーバー代表。
  • 4月 東京2デイズ(24日国立 地球屋、25日代々木ザーザズー)初日終演後、ドラマ『不毛地帯』での原田芳雄のモノマネのやり過ぎで喉を痛める安藤。2日目はなんとか乗り切るものの、メンバーからこっぴどく怒られ「原田芳雄禁止令」が通告。
  • 5月 『高槻ジャズストリート』に3年連続の出場。今回も安藤の入場が話題に。※臨場感溢れる映像は、MOVIEページでご覧になれます!
  • 6月 「ザ・たこさんのドバドバ大爆弾!」@代官山LOOP。ブラックボトムブラスバンドのホーン隊と『ナイスミドルのテーマ』を大興奮の壮絶セッション!
  • 8月 新曲、湯けむりファンク『突撃!となりの女風呂(On A Blow)』を、在日ファンクとの2マンライブで初披露!心斎橋JANUSにて。
  • 9月 ベース・脇本総一郎(仮名)突然の脱退表明。
  • 11月 今年も『稲妻フェスティバル』に出演。恒例化しつつある安藤の自転車入場に沸いたお台場。
  • 12月 毎年恒例投げ銭ワンマン「ザ・タコサンアワー」@ウォーター、超満員札止め。感謝!入場出来なかった皆様、ごめんなさい!
  • 12月 ジャイアント馬場体型のナイスガイ!新ベース・オカウチポテト入団。